三浦知良(カズ)選手 京都パープルサンガ時代について

こんにちは micaです。

私はユニフォーム収集歴30年、三浦知良選手を追いかけ続けているファンです。カズ選手の最新情報これまでの歩みユニフォーム等々について掘り下げるブログ「キングカズタイムズ」を日々更新しています。

夢はカズ選手に単独インタビューさせてもらう事です。

本日は三浦知良(カズ)選手 京都パープルサンガ時代についてについて書かせて頂きたいと思います。

三浦知良(カズ)選手が京都パープルサンガへ移籍した経緯・背景とは

 クラブ経営悪化によるヴェルディからの0円提示を受けて、クロアチア・ザグレブへ移籍したものの、大きな活躍ができず、新監督下において戦力外となってしまい、2年契約の1年を残した形で退団という事になってしまったカズ選手。イングランドやスコットランドからのオファーもまとまらず・・・

当時、「カズの時代は終わった」

そう伝えたメディアもありました。

当時32歳

そんなカズ選手にオファーを出したのが、

日本代表時代の恩師である加茂 周監督率いる、京都パープルサンガ(1999年7月)でした。

「正直、加茂さんが声をかけてくれたから(移籍した)、という部分が大きかった」

と自身の著書(僕を育てた55通の手紙)で語られていますが、カズ選手にとって、日本代表時代に信頼を寄せ、起用し続けてくれた加茂 周監督への恩や、想いは絶大なものだったようです。

カズ選手の著書:「僕を育てた55通の手紙」についての記事はこちら↓↓

三浦知良(カズ)選手の京都パープルサンガでの実績は

1999年7月京都パープルサンガ へ移籍したカズ選手は移籍後、初先発となったヴィッセル神戸戦。

京都の西京極競技場で開催され、1万5000人のファンで会場が埋まりました。

移籍前までの試合では5000人〜7000人の平均来場者だったのが、一気に倍に膨れ上がりました。

そして、その移籍後初試合でカズ選手は2ゴールの活躍

翌日の新聞記事は「カズは終わっていなかった」という内容に。。。
当たり前じゃ、ボケと叫んだ記憶がはっきりあります。)

その後もゴールを量産したカズ選手、

シーズン通算17得点を決め得点ランキング3位となり

翌年2000年にはJリーグ通算100ゴールも記録しました。

Jリーグ通算100ゴール記念Tシャツです。

京都在籍期間 1年半でいうと24ゴール。FWとして結果を残しました。

しかし・・・・

ゴールを量産したカズ選手の活躍をよそに京都サンガは負けが続き、、、

結果、J2への降格が決まってしまいました。

そして高額な年俸をもらっていたカズ選手は、またしてもゼロ円提示にて戦力外通告を受けてしまいました。

三浦知良(カズ)選手の京都パープルサンガへの想いとは

カズ選手は日本経済新聞社のコラムの中で、「ヴェルディ時代、いわゆる常勝軍団にいた時代、京都や神戸は一番行くべきでない場所ように見えてしまっていた。」ということを語っていました。

それはキャリアの終着点に見えてしまっていたという事ですが、実際に移籍して、素晴らしい選手や人間と関わったり、0円提示でチームから放出されたり、救いの手を差し伸べられたり・・・そのような経験をした事により、

「サッカーの景色が変わった。」

「周りへ優しくできるようになったのもこの頃」

そうカズ選手は語っています。

あの時代が人間としての自分を育んでいる。「ヴェルディのカズ」だけでとどまっていたら、こんなに続けられもしない。

日本経済新聞 コラム“サッカー人として”  2014年10月03日(金)掲載より

ヴェルディからの0円提示、ザグレブでの苦悩、京都、神戸での経験・・・

全てが今のカズ選手の人間性に繋がっているんですね。

京都時代の特集映像がUPされていました↓↓↓

三浦知良(カズ)選手の京都パープルサンガ ユニフォームについて

在籍期間が1年半しかなかった事もあり、京都パープルサンガ 時代のユニフォームは希少とされていて、オークションサイトで出てきても意外と高値で取引されている現状があります。

私が持っている京都サンガのユニフォームや練習着はこちら。

その中でもやはりこちら。NO.11のホームユニフォーム。

京都

この極太ゴシック体?のナンバーが印象的ですよね。

カズ選手と言えば、やっぱりこの11番ですが、移籍当初は36番を付けていました。

36番で出場していたカズ選手を見た時の違和感たるや・・・

「36番?????」みたいな。

これは1999年シーズン途中で京都へ移籍した当時、背番号11を藤吉信次選手がつけていた為です。

※2000年に藤吉選手がベガルタ仙台に移籍した為、カズ選手が11番を付ける事になったという経緯があります。

ただ、36番のユニフォームには「カズの時代は終わったとは言わせない。」というカズ選手の魂が宿っているような気がして、個人的には36番のユニフォームも好きです。

おまけで、プラクティスウェアがこちら。

↓のようにカズ選手も着用されていたプラクティスです。

そして奇抜な3rdユニフォームがこちら

3rdユニフォームについて書いた記事がこちら↓↓↓(あまり需要なさそうですが)

最後に

今、最も尊敬を集めるアスリートと言っても過言ではないカズ選手。

そんなカズ選手が、

ゴールを量産しながら、人間性をも大きく育んだ京都時代

いかがでしたでしょうか。

常勝軍団だったヴェルディ時代を振り返るよりも、もっと大きな学びがあるように思います。

苦労を味わう事で、人としての厚みが増していく。

コラムの中でカズ選手が語っていた言葉です。

そんなカズ選手を見ていたら、

自分が今、苦労している事もポジティブなものに感じてくるから不思議ですね。

↓↓カズ選手のチーム遍歴をゴッソリまとめてみました!ボリュームありますが、覗いてみてください。

今日はここまで!

最後まで読んで頂きありがとうございました。

ではまた!

mica

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